現在の研究テーマ
「生物の適応進化や平行進化に関わる分子メカニズムの理解」
地球上に生息するあらゆる生物は、多様な環境に対して極めて巧妙な適応進化を遂げることで、形態的にも生態的にも驚くほどの多様性を誇っています。私たちはこの適応進化のもたらした神秘の産物ともいえる「生物多様性」そのものに興味を持ち、その多様性を作り出すメカニズムをDNAレベルで解明したいと考えています。また、タイミングや場所は異なるものの、似通った環境に適応することで、系統的にはかけ離れた生物が驚くほど似通った形態・生態を獲得してきた例が知られていて(平行進化もしくは収れん進化と呼ばれる)、私たちはこれを適応進化のもたらす生物多様性の一側面として捉えながら、その分子レベルでの研究をおこなっております。
近年、我々を含めた生物のもつ極めて精密な器官の獲得やダイナミックな形態進化は、ダーウィン進化論で説かれている、小さな変化に働く自然選択の積み重ね、だけではなかなか説明しきれないのではないかと考える研究者も多くなってきました。ではどうやって説明すればいいのでしょうか?私たちは主に魚類や哺乳類を対象として研究を進めていますが、上記の問題にヒントを与えうる共通原理を探し出してみたいと思っています。
シクリッドの唇の肥大化に関わる平行進化の分子メカニズム
東アフリカの大地溝帯に位置する三大湖、ビクトリア湖、マラウィ湖、タンガニィカ湖には形態的・生態的に多様なシクリッドが数百種を超えて生息し、「適応進化」の好例として知られています。そして、各湖のシクリッドはそれぞれが湖に固有な種であるにも関わらず、湖間において似た形質をもつ種が数多く存在しており、これは「平行進化」の好例であると言われています。その中で私は、どの三大湖においてもかならず出現する「肥大化した唇」に着目し、その肥大化メカニズムを明らかにしたいと考えています。食性適応によって三大湖で独立に起きた「唇の肥大化」に、DNAレベルでの共通メカニズムが存在するのか、しないのか、ここが興味深いところです。異種間交雑、QTL mapping、全ゲノム配列比較などを駆使して研究しています。
シクリッドにおけるフェロモンと受容体の研究
同種の雄と雌が互いに惹きあうために、しばしばフェロモンが用いられます。シクリッドは体色が多様なため視覚による同種認知や種分化の研究が多く進められてきましたが、フェロモンに関してはその存在すら明らかになっていません。私達のグループは、シクリッドの嗅覚について研究を続けるなかで(Ota et al. 2012 GENE; Nikaido et al. 2013 GBE)、魚類におけるフェロモン受容体候補遺伝子V1Rが、予想を超えて大きく種多様化していることを発見し(Nikaido et al. 2014 GBE)、シクリッドにおけるフェロモンを介した種分化の可能性を見い出しました。フェロモンとその受容体は両方が合致して初めて意味を持つもので、どちらか片方だけが変化しても個体としては一気に不利になるだけです(フェロモンと受容体の2つが同時に進化する必要があり、小さな段階的進化では説明ができない)。フェロモンとその受容体がどのように進化し、ひいては種の分化に貢献してきたのか、そこが興味深いところです。現在はシクリッドの成体を使い、フェロモン候補物質とV1Rによる受容に関する実験を続けています。
哺乳類における体毛の針化に関わる平行進化の分子メカニズム
哺乳類の多様化プロセスの過程では、独立に何度も「体毛が硬い棘もしくは針に進化」しています(例えばハリネズミ、テンレック、トゲマウス、トゲネズミ、旧世界ヤマアラシ、新世界ヤマアラシ、ハリモグラなど)。つまり、「体毛の針化」というのは哺乳類進化の中でも数多く繰り返されてきた平行進化の好例とも言えます。特にハリネズミやテンレックは見た目においても極めて似通っていて、これらが系統的に別のグループであることは驚くべき事実です(Nikaido et al. 2003 GGS; Nikaido et al. MPE)。ハリネズミやテンレックにおける針内部の構造は縦横にリブが配置された極めて緻密なつくりで、これがいかなる発生過程を経て作り上げられるのでしょうか。一本の体毛が太くなって針になったのでしょうか?そこに種間で共通のメカニズムは存在するのでしょうか?現在は組織切片の観察を中心におこなっていて、そろそろ次世代シーケンサーや抗体染色を用いた本格的な研究を開始します。
(2021年1月)ヨツユビハリネズミの全ゲノム解析「Project Kalunguyeye」始動しました!
Kalunguyeyeは,スワヒリ語(タンザニアやケニア等,東アフリカの公用語)でハリネズミを意味します。我々の研究グループは,アフリカに広く分布するヨツユビハリネズミ(Atelerix albiventris)を用いた研究を推進し,近年,体毛の針化に関する有力な候補遺伝子を検出する事に成功しました。本研究を次のステップに進めるため,ハリネズミの全ゲノムを決定し将来の研究基盤とする準備を進めています。本研究は,欧米や中国の研究グループが注目しているナミハリネズミ(Erinaceus europaeus)とは異なる種を用いる,日本主導の独自プロジェクトとなります。 現在,全ゲノム配列決定の材料となるタンザニア産の野生個体を入手するため,タンザニア野生動物研究所(Tanzania Wildlife Research Institute, TAWIRI)との共同研究の締結を進めています。
脊椎動物のフェロモン受容進化に関する研究
フェロモンやその受容体というのは一般的に種間での多様性が大きく、それが異種間交雑を防ぎひいては種や生物の多様性の維持につながると考えられています。そして、その受容システムは祖先となる魚類が陸上化を達成した時点で大きく刷新されたことも知られています。しかし私達のグループは、古代魚(ポリプテルスやガー)から哺乳類までほぼ全ての脊椎動物に共通に存在する1コピーのフェロモン受容体候補遺伝子を発見しました(ancV1Rと命名; Nikaido et al. 2013 Genome Res.)。これは、陸上化という大きな進化イベントを含めた脊椎動物の4億年以上に渡る歴史の過程において単一のフェロモン受容体がずっと保持されてきたことを示唆し、生理学的にも進化学的にも極めて興味深い事実です。ancV1Rはいったいどのような役割をしているのでしょうか?私たちはフェロモンを受容する神経細胞の根幹に関わる役割をすると予想しています。in situ hybridizationや組織観察、将来的には共同研究をしながらノックアウトマウスを用いた機能解析を行う予定です。
魚類における体透明化の分子メカニズム
透明な体を持つ動物は,魚類だけでなくプランクトンや頭足類(イカ・タコ)など多岐に渡り,これは避難場所の乏しい環境で捕食者の目を欺くための適応であると考えられています。魚類のみならず多様な生物に透明な体を持つ種が分布していることから,それぞれの系統で独自に透明な体を獲得した,平行進化の顕著な一例であると考えられます。この体透明化メカニズムを解明するため,我々は東南アジアに生息する透明ナマズ(Kryptopretus vitreous)に注目してます。透明ナマズおよび近縁の不透明ナマズを全ゲノムレベルで比較し,透明化に関与する遺伝子を特定するためのゲノムプロジェクトを進めています。
本プロジェクトは東京工業大学生命理工学院・伊藤研究室の協力の下で研究を進めています。伊藤研究室ではおもに全ゲノム配列決定,二階堂研では候補遺伝子の発現解析を主に担当し,高品質なゲノム配列を元にした質の高い研究を目指しています。また,学内のみならず,フィラデルフィア自然科学アカデミー(世界的なナマズ目魚類の標本コレクションを有する)やシンガポール自然史博物館(アジア有数の東南アジア産ナマズ科魚類のコレクションおよび本科魚類分類の専門家を擁する)との国際共同研究として展開すべく準備を進めています。